表具の材料

表具の制作に用いる材料のなかで特に代表的なものとして、表装裂、和紙、糊をご紹介します。

表装裂

表装・表具に用いる織物。掛物は巻いて保管するものであるため、厚手より薄手の裂地が望ましい。平織り・綾織り・繻子織り・搦(からみ)織りの4種類があり、いずれも文様を緯糸で表すものが多い。主な裂地は、金襴・銀襴・緞子・錦・印金・間道・紗金・金紗・魚子・絓(しけ)・紹巴(蜀巴)・海気・紋紗・更紗・風通・繻子・綾・羅・絽・パー・紬・モールなどである。

1.絓(しけ) 2.魚子(ななこ) 3.紗(しゃ) 4.綾 5.魚子 6.海気(かいき) 7.紗 8.絽(ろ) 9.絽 10.羅(ら) 11.緞子(どんす) 12.緞子 13.間道(かんどう) 14.風通(ふうつう) 15.紗金 16.紹巴(しょうは) 17.銀襴 18.金襴 19.金襴 20.風通 21.竹屋町(たけやまち) 22.錦  23.印金(いんきん) 24.金羅(きんら)

古来、表装には法衣や能衣装を解いた裂地が用いられてきた。表装用の裂地がつくられはじめたのは江戸時代からといわれる。京表具に用いる裂地は主に西陣で織られ、高度な織物技術を駆使した優れた裂地が数多く生み出された。京表具の全盛期といわれる大正八年(1919)には、西陣に表装裂を専門とする織物業者が40軒余りあり、織機の数は250台に上り、年商は当時の金額で100万円以上だったという。また昭和初期には財閥の経済的支援によって、技巧を凝らした織りの名品が数多く生み出され、京表具の名声を支えた。平成二十一年九月現在、西陣には12軒の表装裂専門の織業者があり、5社の卸売企業がある。また表具用古代裂(金襴など)の選定保存技術保持者として廣瀨賢治氏が認定されている。
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和紙

日本で古くからつくられてきた紙の総称。「わがみ」ともいう。明治初期に「洋紙」に対して生まれた用語で、本来はコウゾ・ミツマタ・ガンピなど靱皮繊維と、その故紙を主な原料として手漉きし、トロロアオイの根やノリウツギの内皮などから抽出した粘剤を紙料に混ぜて流し漉きするものをいう。狭義では手漉きの紙のみを指すが、広義では明治後期から生産が始まった機械漉きの擬和紙も含める。奉書紙・美濃紙・鳥の子紙・吉野紙・宇陀紙など特殊な高級紙は伝統技法を守ってつくられている。手漉き紙の寸法は紙を漉く簀(す)の大きさによって決まるため一定のものはなく、産地や時代によって多種多様である。
 表具制作においては裂地と並んで欠かすことができない重要な材料であり、軸装の裏打ちには繊維が丈夫で長く、紙同士や裂とのからみがよいことから楮紙(こうぞがみ)を主に用いる。薄美濃紙・美濃紙・美栖紙・宇陀紙などがその主なものである。

薄美濃紙(うすみのがみ)

岐阜県・京都府(コウゾ)
丈夫で腰が強く、本紙や裂地の肌裏打ちに用いる。

美栖紙(みすがみ)

奈良県吉野町(コウゾ)
柔軟で糊付きが良い。主に増裏打ちや中裏打ちに。

宇陀紙(うだがみ)

奈良県吉野町(コウゾ・白土)
色が白く、滑らかで紙質が硬め。総裏打ちに。

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表具では、新糊と古糊を工程によって使い分ける。

新糊

小麦粉から糖質を除いた小麦デンプンに水を加え、一時間ほど煮てつくった糊。沈糊(じんのり)。つくってすぐに用いる場合を「古糊(ふるのり)」と対比させて「新糊」と呼ぶ。掛軸をはじめ襖・屛風などあらゆる表具の制作に用いる。古糊に比べて接着力が強く乾燥後は硬くなる。掛軸では肌裏打ちや付け廻しに用いる。固まらせて貯えておき、必要に応じて漉して練った上で水に薄めて使う。

古糊

掛軸の増裏打ち・中裏打ち・総裏打ちに用いる、接着力を弱めた小麦デンプン糊。大寒のころ(一月二十一日前後)に作った沈糊(沈生麩糊)を甕に入れ、床下など適度に湿気がある(一説に湿度60~70%)冷暗所に10年ほど保管して発酵させたもの。軸装を柔軟に仕上げることと修理の際に剥がれやすいという利点があるため、表具に特有の極めて重要な接着剤である。いずれの店でも表具師自らがつくったものを使用している。寒糊ともいう。江戸時代の元禄期には「腐糊」「腐粘」という名称の記録があり、大正時代には「腐糊(くさりのり)」と呼ばれていた。
 糊が表具師にとっていかに大切なものであるかは、江戸時代初めの『古今夷曲(ひなぶり)集』に、表具師斎藤徳元の題で「表具師がしゃうふののりは紙よりも己が命をつぐ物そかし」とあるところから、昔も今も変わらないことがわかる。また同時代の『渡辺幸庵対話』には「表具は古きせうふ糊にて致し申事、世に善く知る事にて候」とあり、現代の古糊のようなものが江戸初期に既に広く使われていたと思われる。
 古糊の製法については『裱具の栞』(大正九年刊)に「寒中に沈生麩を烹(た)き、壷に入れ、寒の水をはる。密閉して縁の下や床下等湿気のある所に、半ば土中に埋めておくのである。その水は毎年の寒に取り換える。これは黴(かび)を生やさない為である。年数が経過し、腐り過ぎて効のうすい時は、新糊を加えて使用する。京都の表具師などは、十三年経過したものを貯蔵している」と書かれている。現在もほぼ同じような作り方であるが、糊の炊き方や保存方法、貯蔵する年数などは店によって違いがある。近年は古糊の成分分析や、微生物の働きなど生成過程についての研究が進み、その合理性や材料としての長所が科学的に裏付けられつつある。

生麩糊

小麦粉から分離されたデンプン粒子(麩などをつくった残滓)のうち「生麩」と呼ばれる小さな粒子のもの(2~10ミクロン)でつくった糊。大きな粒子のデンプンでつくった沈糊(じんのり)より粘度が低く、サラサラしている。沈糊とは異なるものであるが、京表具では「沈糊」を指していう場合もあった。

沈糊

小麦粉から分離されたデンプン粒子(麩などをつくった残滓)のうち、「沈(じん)」と呼ばれる大きな粒子のもの(25~40ミクロン)でつくった糊。表具に用いる接着剤の一つ。甕に入れて一定期間保存し古糊をつくる「寒糊」は、寒の時期に寒沈(かんじん)を使ってつくる沈糊である。京表具で「沈糊」は「新糊」を意味し、ときに「生麩糊」とも呼ばれた。また沈のことを「沈生麩」といって、沈糊と沈生麩糊を同義に扱ったりもする。

化学糊

化学的に合成された接着剤。表具作業では昭和三十年代から古糊の特徴を生かした化学糊として「京表糊」「片岡糊」が使用されはじめた。現在では湿式のものと乾式のものがあり、湿式合成接着剤としてはエマルジョン接着剤が用いられ、乾式合成接着剤としてはEVA樹脂などが、固形糊を熱で軟化させて接着を行う方法で用いられる。天然材料である澱粉糊に比べて乾燥しやすいため制作時間が短縮でき、湿度による狂いが生じにくいといった長所がある。一方で年数がたつと硬化しやすく、修理に際してはがれにくいといった難点があるといわれたが、近年の化学糊は改良されている。
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